柿澤ひとしプロフィール

私のことをお話します。

少年時代から

少年時代から

小さい頃からお年寄りに好かれる子どもでした。

今でも不思議とご年配の方にはオオモテです。

(それと、信じられないくらい世界中の行く先々で道を聞かれます。笑)

小学生の頃は、日本昔ばなしが大好きで、よく市原悦子と常田富士男の声マネをしてみんなを笑わせていました。

中学生の頃、麦わら帽子の似合うかわいらしい女の子を本気で好きになりますが、大失恋。その後、その女の子に人生のうちで3回アタック。なんと今の妻がその女の子。人生は不思議ですね〜。


今は時々、頭に角が生えるようになりました。


1991

1991年

1991年 政府要請により、在アメリカ日本大使館

(ワシントンDC)総料理長として渡米。

      

人生では結婚、そして次の年に長女が生まれました。

      

ちょうどこの頃、心臓が急激に壊れていく不思議な病気にかかります。集中治療室に入りにながら、窓の外には大きなお月さまが見え、思わずお祈りをしました。「小さな娘と妻がいます。もし命が永らえたら人のために尽くします。どうか助けて下さい。」


その後2ヶ月ほど入院をしましたが、九死に一生を得ることができました。


1998

1998年

1998年 フードプロデュース事業を開始


人生では一番の低迷期に入ります。

父の会社倒産し、それまでの人生設計がマイナスからの出発になります。そのとき妻の忘れもしない一言「好きなことをやりなさい。自分が本当に楽しいと思うことしか成功しないからね〜」家族のありがたさを痛感した瞬間です。


その年、初めてメンターと呼べる人に出会いました。そして、メンターから人間の本質を磨くことを教わります。同時にマーケティングの基本と最先端を教えて頂けました。


2004

2004年

2004年 株式会社柿澤総合事務所を設立。

食に特化したアドバイザー、プロデュース、コンサルタント業務、イベント・フェアー企画。

      

人生では4人の子どもに恵まれます。人生が好転していきました。


また、この頃からたくさんのメンターに出会い初めます。それぞれの専門性を持ったメンターの方達でした。新たな学びとして心理学も学び始めます。

私が当時疑問に思っていたことが、まるで霧が晴れていくように解けていきます。


2008

2008年

2008年 株式会社キッコーマンのご依頼により、中国上海万博日本産業館「料亭紫」の総合プロデュースを業務委託し、中国上海に初の料亭プロジェクトを実施。

      

人生では初めて「人生の棚卸し」をしようと決めます。今までうまく行かなかったこと、あきらめてきたこと、逃げてきたことを、もう一度、あきらめず逃げずに挑むという人生の修復をしていきます。

その結果どえらい成功を手に入れます。

それは決して一人では成し遂げられるものではありませんでした。このとき、私はメンターから共鳴という意味を教わりました。


2010

2010年

2010年 上海万博開催後、1200社のマスコミに取り上げられる。日本アワード大賞受賞。3000人の中国富裕層に日本文化を伝える。経団連、その他で講演活動実施。


著書:【中国情陸 中国人から学ぶ 中国ビジネスの極意】

      

メンターからあるミッションを与えられます。

それはお金に対する考え方・捉え方でした。

苦しんであげくできてきた答えは、「人をどれだけ幸せにしたかが、対価になる。」ということでした。


そして今日まで

2012年 コンサル業務、イベント、講演会を中心に活動。

2013年 日本農業法人協会のご依頼により、世界農業ドリームプレゼンテーションを実施。


2014年〜2015年

イタリアミラノ万博のサテライトステージJAPAN DAYの総合プロデュース・コンサル業務を行う。トップシェフ40名。星の合計が26星


人生では「家族カウンセリング研究所」「人生マーケティング講座」を始めることにしました。メンターから教わった沢山の学びを、次に必要な世代に渡そうと思います。

 

自らが輝くことで、他者をも輝かせることができる学びです。これは、よくある「すぐに儲かります」「みるみる人生が変わります」というものではありません。

人生の本質とマーケティング思考を取り入れながら、夢を現実化させるものです。

 

家族、遊び、仕事、学び、お金、仲間、社会貢献、コミュニティをバランスの良く楽しみ、本当の自分がワクワクするような自分を生き方、活かし方を誰もが手に入れられるように、すぐに変化してします学びでなく、もっと深い部分の学びをお伝えするものです。

 

プロフィールというとカッコいいものなりがちですが、誰にでもある低迷期を、メンターから学ぶことによって好転してきた私なりのプロフィールを書きました。

柿澤ひとし
柿澤ひとし